【月一小話 植物の小ネタ バックナンバー】

2016年9月

*世界一カロリーが低い果実『キュウリ』*

 

「世界一カロリーが低い果実」としてギネスブックに登録されており、巷では栄養素が少ない野菜と言われているキュウリですが、一方で、世中で愛される野菜の1つです。特に日本人は年間2 kg/人のキュウリを食べています。今ではスーパーの野菜コーナーにあって当たり前の野菜ですが、現在栽培されている美味で多収なキュウリ品種は、戦争の影響で作られなかった可能性がありました。

 

太平洋戦争が激しさを増してきた昭和18年(1943年)、当時神奈川県二宮町にあった農林省園芸試験場種苗育成地に、キュウリの種子が持ち込れました。種子を持ち込んだのは関野廣曄(せきのこうよう・当時20歳)さん、埼玉県与野町下落合(現在のさいたま市)の種子商のご子息でした。関野さんは軍隊への入営が間近に迫り、関野家が保有するキュウリの品種「落合節成(おちあいふしなり)」が消滅することを憂いていました。

 

当時は種子貯蔵技術が未発達で、品種を維持するには毎年畑で栽培して種を取り続けるしかありません。一度入営すると生還できるかわからないこの時代、良品種の種子を絶やしてはならないと、関野さんは一家の重要商品を野菜研究に提供したのでした。

 

関野さんが提供した「落合節成」は低温に強く、「節成」の名が示すように節ごとに雌花が付くため、多収性を併せ持つ良い品種でした。落合節成はキュウリの育種に活用され、現在の日本で栽培されるキュウリ品種のほとんどが落合節成の流れを汲んでいます。つまり、戦時中に関野さんが種子を持ち込まなかったら、現代の美味しく多収なキュウリは作られず、これほど一般的な野菜になっていなかったかもしれません。キュウリは戦争を乗り越え、代を経て現代に在る野菜なのです。関野さんは出征間もない翌年の昭和19年(1944年)に、台湾で戦死されました。70年後の今日、彼の種子から発したキュウリが日本中の食卓を賑わしていることを報告できないのが、とても残念です。

 

栄養素が少ないと言われてきたキュウリですが、2011年に脂肪分解酵素ホスホリパーゼが豊富に含まれると報告されています。キュウリのホスホパーゼは既存のものより分解力が強く、効率よく脂肪を分解してくれるとのこと。夏太りで困ってしまうこの時期は、関野さんの思いに感謝しながらキュウリを食べてみてはいかがでしょう。

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